読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

晴れときどき薔薇の雨

カトリック信者による信仰生活体験日記

神父様と話そっ

ブログとはいえ固有名詞を出すことには、ハードルを感じます。

でも、この神父様の事だけは知ってほしい。

恋愛相談(夫婦でなくて可!)に、快く乗って下さる神父様です。カトリック上野教会の晴佐久昌英(はれさく・まさひで)神父。

カトリックと聞くと、「夫婦以外の恋愛関係は不道徳とされないか」「結婚の予定のない恋愛の相談は叱られるのでは」「離婚していると受け入れられないのでは」と想像する方もいらっしゃるかもしれません。でも、晴佐久神父は怒ったりしませんし、快く受けて下さいます。離婚された方も全く問題ありません。

自分の経験から、私と同じような悩みで苦しんで、人生を台無しにしそうになっている女性が一杯いると思っています。

「すごく頑張っているのに思いが報われない」

「一生懸命愛情を注いでいるのに、彼は私を叱ってばかり」

「尽くしても尽くしても、『全然だめ』と認めてもらえない」

「女には男の気持ちなんてわからない、と、断絶される」

そういう苦しみについて、「愛ってなんだろう?」「何が本当の愛なんだろう」「男と女で愛って違うの? 分かり合えないの?」と悩まれる方、苦しまれる方、晴佐久神父に率直な思いを打ち明けてみて下さい。

飾る必要はなくて、自分が思うままの悩みと苦しみ、息詰まった気持ちをありのまま打ち明けた方が、回答は適切だと思います。「宗教の知識がないから、変なことを言ったら厳しく怒られるのでは」という心配もないです。

私もまだカトリックの信仰を始めたばかりですが、私の経験した限り、晴佐久神父は教会外で暮らしている人達の気持ちをよくご存じの神父様です。難しい話、分かりにくい言葉などもないです。

と、いうわけで、ご興味を持たれた方に、具体的な面談までの流れを。自分の体験を元に。

(ただ、これは晴佐久神父限定かも。他の神父様の場合はまた違うかも知れませぬ)

○晴佐久神父と話そう

1.まずはカトリック上野教会/カトリック浅草教会を訪ねる。

 私が晴佐久神父に初めてお会いしたのは、晴佐久神父がカトリック多摩教会にお勤めの頃だったので、多摩教会をベースにお話しします。今は上野教会か浅草教会のどちらかにいらっしゃるはずなので、講座予定日など詳しくは各教会のホームページをご覧ください。(現在浅草教会ホームページは工事中かな?)

 教会は信者でなくても、誰でも行って大丈夫です。大体どこのカトリック教会も聖堂(せいどう)と信徒館(しんとかん)という建物があり、聖堂は主に礼拝(ミサ)が行われる建物。信徒館は教会に来た人達のためのホールや応接室などがあります。ちなみに司祭館(しさいかん)は、司祭(神父)の住居だそうです。聖堂も信徒館も開いていれば入って大丈夫ですが、司祭館だけは間違って入らないようにしましょう。人んちです(笑)。

2.「入門講座」に行ってみよう。

 この上記の信徒館で「入門講座」という神父様によるカトリックの教えをレクチャーしてくれる講座が行われます。大体週に1回程度。どなたでも無料で参加できるし、予約もいらないです。開始時刻に間に合わなくても、晴佐久神父の講座の場合は大丈夫と思います。「仕事でどうしても途中からしか行けない」と諦めなくて大丈夫。

 入門講座初訪問の方には、講義の最後に「質問権」がもらえると思います。もらえなくても、大体「質問は?」と言われるでしょう。その時に、悩み事を聞いてもらうことも出来ます。講座参加者全員の前で話すことになるので、人に聞かれたくない場合は、聞かれても平気な質問をお試しでしてみてもよいかも。

3.「入門講座」に行くのも抵抗がある。

 私は単に「キリスト教について教えてくれる講座」と思い込んで、ただの知識欲で入門講座に行ってしまったので特に抵抗はありませんでした。でも、もしかしたら、宗教色のあるものは出来るだけ避けたい方もいらっしゃるかも。

 多摩教会の頃は、「おやつの会」というのがあったそうです。私はこれに出たことはないのですが(平日の昼間が開催日だった)、予定の合う方なら「おやつの会」もいいかもです。お菓子でもてなしてくれて、神父様とおしゃべりできる時間、だった、はず。

4.もういいから、神父と二人で面談したい。

私が面談を申し込もうと思ったのは、毎年冬になると洗礼(入信)を検討している人向けに「洗礼準備のための面談」が始まり、「洗礼志願でなくても、普通の相談でも神父様とお話しする機会としてどうぞ」という説明を受けたから。基本的には洗礼志願者が神父様と信仰について話す場ですが、晴佐久神父の場合は洗礼志願でなくても相談で構わないと仰って下さいました。

気軽に相談を引き受けて下さるのか、と知り、お言葉に甘えることにしました。

面談予約は、「教会に電話して神父様に申し込み」「入門講座の終了後に神父様に申し込み」「ミサ終了後に神父様に申し込み」がスタンダートな方法です。いきなり訪ねても、神父様お留守の事もあるので、予約するのが確実でしょう。

私は対面より電話の方が緊張するので、ミサ後に聖堂のエントランスで出待ちして神父様にご用の方々の行列に並び、順番が来た時に面談の申し込みを致しました。

5.面談の所要時間は? 料金は?

大体1時間です。信徒館の机と椅子のある応接間で面談が行われる事が多いと思います。

料金は、奉仕活動なので無料です。

もし、謝礼を包みたい場合は、神父様に現金をお渡ししても失礼にはなりません。

無料より料金を支払った方が気が楽という方もおられるでしょう。

ちなみに教会宛に謝礼したい場合は「献金」、神父様宛に謝礼したい場合は「御礼」と宛書してみて下さい。

また、「献金を払った事で更なる優遇が得られる」というのはないと思います。

6.打ち明けたら泣いちゃうかも

神父様は慣れていらっしゃるので、号泣しても平気です。

7.あの回答は本当にカトリックなの?

私も「おや、全然宗教ぽくない回答だ」と思いましたが、それだけ普遍的な真理による回答ということじゃないかと最近は理解しています。私は宗教の事を何も知らなかったので、悩み解決方法を教えて頂いた後も(ちなみに、解決方法がわかってもすぐ実行できるという訳ではなく。リハビリとか必要でした。今も問題点自体が完治とは言えないかなあ……)、「晴佐久神父の回答は素晴らしかった。カトリックを学べばこういう事も解決できるようになるんだ」と感動しつつ、「でも晴佐久神父が特別なのでは?」「晴佐久神父が異動なさって、もしこれがカトリックと縁のない答えだったら、どうすれば」としばらく迷っていたり。

結果的には、長い歴史を生き抜き、学術的体系までをも持つカトリックですから。日常に潜む愛の苦しみはなんでも来いなのでした。と、私は考えています。

ともかく未熟者の私の感じたままなので、よろしからぬ考えや、知識として間違っているところもあるかもしれません。間違いは謝罪訂正していきたいと思います。しかし、この記事を投稿した動機は、「自分と同じ苦しみで生死の問題になり始めた人たち」に、「こんな方法もあります」と知らせたかったことです。私は解決しましたけど、誰もが必ず解決すると保証することも出来ませんが……。

半端と思いつつ、もしも、どこかにこの思いが届けば、と祈って。

広告を非表示にする