読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

晴れときどき薔薇の雨

カトリック信者による信仰生活体験日記

聖ヨセフ

聖人のこと

ヨセフ様も思い出深い聖人の一人。

年末にミサ説教で拝した聖家族のお話が好きだった。

聖霊によってイエスを宿したおとめマリア。そして、マリアの夫であり、イエスのこの世の父となったヨセフ。

二人は聖霊のお告げを信じ、力を合わせてイエス様を守り育てた。

信仰によって、この家族はお互いを疑うことなく、聖霊の働きを信じ、力を尽くして支え合った。

私この話を伺って、聖ヨセフとは義父や養父の守護聖人なんじゃないかと勝手に思ってました。

聖霊の働き」に全てを捧げた崇高な生き方も素晴らしいです。

でも、もう少し身近かつ普遍的な感覚として「妻の連れ子を大事にする人」にも言えることじゃないか、と。

奥さんの連れ子は、奥さんが正当な理由で設けた子供。血縁ではないけど、愛すべき家族である。

でも、どうも男の人はこの点において悩みが深いらしい。

連れ子ならともかく、自分の妻が他人の子を妊娠中に結婚するというのはすさまじい障壁だ。

しかも、マリアへの愛情で超越したというより、ヨセフの場合、信仰の強さによってマリアとイエスを受け入れてこの上なく愛したのでしょう。

でも世の中の本質ってそうなのかも。

マリア(妻)への愛着と、その妊娠中の子供を大切にして育てることは全く別という。

そういうことを考えさせてくれたエピソードをお持ちの聖人です。

で、ちょっと個人的な思い出が。

この普通は疑わしい状況でも「信じ合い、愛し合う」とは、「聖霊の働きがある場合において可」なんだそうです。私はモラハラに悩まされている時に、何度も何度も私に嘘をつき、私を裏切った人の「今度こそしっかりする」という言葉を信じるべきなのかと悩んでました。

で、この「聖家族」のエピソードを引き合いに出して、「カトリックは信じるよう教えていらっしゃるのでは」と神父さんに言ったら、ちょう怒られた。

「あれは、<聖>家族の話です!」

聖霊が働いているから信じて努めていいの」

「その人には聖霊働いてません。信じちゃいけません。全然違いますー!!!」

「信じるのは人間じゃないんです。神です。神だけを信じるんですよ!」

えー(;´Д`)

なにが「えー(;´Д`)」って、その「聖霊の働き」はどうやったら見分けられるんですか……。

「慣れ」とのことでした。

ちょっとここから私の解釈ですが、聖性に触れ続けていると、たぶんだんだん聖なるものと、聖なる感じがするけど実はそうじゃないもの、悪霊が身を隠しているもの、その正体が誘惑であるもの、が、わかってくる、らしい。そのためにも信仰は必要、と。

そういう直感的なもの以外にも、やっぱり、慣れるほどカトリックに親しまないと、「あ、これには聖霊が働いている」ということや、「聖霊が働く場」と「信仰厚い人」の動きなどが、わからないんだろうと思いました。今も私あまりわからないと思う……。

私に、いろんなことを教えて下さった聖ヨセフ様。思い出深い聖人です。大好き。

そもそもDIY得意な人が好きなんですよね。ヨセフ様はプロだし。

広告を非表示にする