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晴れときどき薔薇の雨

カトリック信者による信仰生活体験日記

秘跡トリプル、未満

カトリックの某書籍に「結婚前にはゆるしの秘跡を受けるといいでしょう」と書いてあった。

所属教会の方に聞いてみたら「あなたは洗礼受けたばかりだからまだいいなじゃない?」とのこと。

とはいえ、心のもやっとがあったし、告解に行こうと考えていた日に丁度罪悪感募る出来事があったので、結婚式の前に告解に行ってきました。

一応、私の初の告解体験を大まかに書き記しますが、内容を書くつもりはないので、外側の手順と感想だけ。

私は居住地から所属教会が遠く、昼間の時間に寄れない。いつでも告解を受け付けている教会で立ち寄りやすいとなると、おのずとイグナチオ教会になった。

私は告解の手順について、初めてであることや、どうすればいいのか電話で教会に尋ねました。

電話に出た係りの人が丁寧に教えてくれました。場所、時間、待ち方、部屋の入り方等。

以前、とある神父様のミサ説教で告解の話題があったとき。

「告解に対してどう助言しても、その人が回心する気がないと告解はあまり意味がない」

「私は、何が罪といえば十戒の第一に反することだと思う。それに反するから罪になる」

そんな神父様の言葉を覚えています。

告解の語り方も抽象的な内容で簡潔に話せばいいと教会で教わりますけど、そうですねえ。

極度に抽象的だと神父様も、「主の祈り何回」「アベマリア何回」「福音書何分」とかしか言いようがないみたいでした。ええ、私は抽象的な告白をしてしまったんです。神父様が外国人のおじいさんだったので、あまり細かいことは伝わらないんじゃないかとはしょりが多くなってしまって。

あまり所属教会の主任司祭に告解する人はいないと聞きますけど、うーん。私は、告解の意義は罪の意識、あるいは、罪を罪と認識できない自分の心の鈍さなども、結構率直に打ち明けた方が、ゆるしの効果の実感が高いんじゃないかな、なんて思いました。

主日にご聖体、平日にゆるしの秘跡、そして、信者同士の結婚式じゃないからことばの祭儀でしたけど、いちおう結婚。

これはただのミーハーなんじゃないかという、おのれの未熟さはあるけれども、このような私が、信仰を得たおかげで、真っ当な段階を踏んで結婚することが出来て、本当にありがたいと思っています。